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日本が誇る!昆布だし

春のような陽気ですね~
こんな日は、私の中で昆布の効いたお出汁が飲みたくなるのです(笑

今日はお出汁のお話をご紹介します。

TOPバッターは、日本が誇る「昆布」
昆布だし


私にとって懐かしい昆布だしの味は、「利尻昆布」
母方が関西の為、真昆布も好き♪ですが、
飲み比べを行うと、必ずホッとする味が「利尻昆布」

上品な風味と味わいに幼少期の懐かしい気持ちを思い出します。


皆さんは「思い出の昆布だし味」ありますか?


それでは、魅惑の昆布だしの世界へ♪


万葉の昔より、海に囲まれたこの国では、
海藻は貴重な栄養源 として親しまれていました。

中でも昆布は別格で、薬として珍重 され、
八世紀頃には既に租税対象にも指定されていました。

北方交易 要の品です。


時はくだり、華やかな王朝文化の花開いた平安時代

当時の百科事典ともいうべき 『倭名類聚抄』 には、
食用藻類として20余種が挙げられていますが、その筆頭は昆布。

昆布が「薬」から「食品」として、その地位を既に確立していたことの象徴であると言えます。
しかし未だ、
昆布は宮中・貴族・寺社など、特権階級の食べ物 でありました。


中世以降、昆布は徐々に人々の生活に浸透していきます。

まず当時、台頭著しかった武士が、糧食として用います。
これは、昆布が携帯性・保存性に優れていたことに加え、
「打ち、勝ち、よろこぶ」 の縁起物として好まれたせいでもあるようです。


また、仏教行事の際、精進料理 に利用される食材として、
あるいは当時流行だった茶席 に出される点心や菓子として、
昆布は一部民間にも、その姿をあらわし始めました。

しかしこれはあくまでも非日常・ハレの日 の食べ物であって、
一般人が日常的に昆布を口にすることは無かったようです。 


昆布が、一気に広まったのは江戸時代。

18世紀、西回り航路が開かれ、蝦夷地・東北から大坂まで、
大量に・安く・早く・安全に、物資を輸送することが可能となりました。

北海道と上方を往復しながら物資の売買をする船は北前船 と呼ばれ、
以降、明治の半ばまで隆盛を誇ることになります。

これより、昆布は安価に求められる食材となり、庶民の食卓にものぼるようになりました。

北前船に代表されるように、昆布は当時の一大交易品でした。

こんな逸話もあります。

蝦夷地から能登・金澤を経由で京都向けに「利尻昆布」を降ろし、
 (→ サバ街道を通って、京都へ運ばれたと言われています)
日本海から太平洋にくだり、ちょっと足を延ばして、
琉球王国に立ち寄り、大陸交易で人気の高かった乾物 「利尻昆布」を降ろし、
その後、薩摩経由でかつお節を積み込み、
天下の台所・大阪で「真昆布」を降ろし、
残った「日高昆布」が江戸で降ろされ、関東は日高昆布が人気だと。
 
好みを知れば育った土地が判る!と言われるほど、懐かしいと思う昆布の味が違います♪

これ、以外に当ってますよ~~



【昆布の分布図】
昆布地図(北海道)


昆布の種類は大きく4種類に分かれます。
北海道の四辺の大きな岬を中心に、それぞれの地方で種類が違う昆布が自然と育ちます。

北から、
宗谷岬の利尻昆布
知床半島の羅臼昆布
えりも岬の日高昆布
道南、恵山岬の真昆布(山だし昆布)という様に、

昔から収穫される昆布はその土地、地域で異なります。

大きな潮のぶつかり合う大きな岬には栄養分が豊富で、
それぞれの昆布も大きく育ちます。

そして全ての昆布は、その収穫浜名地名で流通 します。

昆布の国内生産量はほとんどが北海道から採取されており、全体のほぼ95%に相当します。
※青森、岩手、宮城県の東北3県で5%前後


次回、各昆布の特徴をご紹介しま~す♪



オーガニック☆コンシェルジュ
高橋みず保


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  1. 2015/02/27(金) 12:59:32|
  2. 出汁
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